三ツ星倶楽部 其之五 W107 500SL 1/3 今日的に107 はアリ!!
構成/田村十七男・芥川貴之志 撮影/山田裕之
170 ついに出た、SL! メルセデスの中でもスポーツを意識したモデルというか、ちょっと浮ついたイメージがあるんだな。なにしろSLってのはスーパー・ライトの略でしょ。お気軽ベンツだからね。西海岸のイケすかない金持ち御用達だわな。
AKU トナオさんのイメージって、毎度つくづく僕ら世代には偏狭さを感じますよ。リアルタイムで見たものが違うからなんでしょうけど、経験が邪魔してるんじゃないですか?? SLの語源は諸説ありますが、どうやら大元は ”Sport Leicht” シュポルト・ライヒト。軽量スポーツカーという意味だったようです。
170 大元ってのは、あのガルウィングの300SL?石原裕次郎と力道山が乗ってたという。
AKU そうそう。シャシー形式で言えばW198。この300SLは純粋なレーシングカーをロードゴーイングバージョンに仕立て上げた、いわゆるスーパーカーと言うべき存在で、生産台数も少なかった。ゆえに伝説的なクルマなんですけれど、アメリカ市場からはガルウィングじゃなくコンバーチブルにしてくれないかと要請があったらしいんですね。
170 ガルウィングのほうがカッコいいのにね。乗り降りしにくいのは確かだけど。とか言いつつ300SLで乗り降りしたことないけど。
AKU 僕、乗せてもらったことありますよ。確かに乗り降りは大変。スカートの女性は嫌がったでしょうね。いずれにせよ、世界最大市場のリクエストを無視することはできず、300SLのコンバーチブルをつくり、次いで190SLをリリースします。こっちは最初からコンバーチブル。
170 300SLの弟みたいなヤツね。あれはあれでカッコいいけどね。
AKU 190SLで注目すべきは、プラットホームを乗用車と共有したことなんです。見た目は300SLによく似た感じで、実はフロントグリルやバンパーも300SLと共通だったりするんですけど、土台はフツーのセダン。ということは安く作れるし安く売れる。だから190SLはアメリカを中心に大ヒットした。それ以降、SLはこの路線が続くんです。
170 シュポルト・ライヒトじゃなくなったわけだ。
AKU とは言え、世間では喜ばれる。だから作る。
170 商売の原理原則だわな。
AKU これがフェラーリだったら喜ばれなかったでしょうけどね。そこがメルセデスというかなんというか。ユーザーもそこまで走りを求めてない。
170 セダンベースのフェラーリはやだねぇ。
AKU 今回紹介する三代目SLのW107も、1971年から1989年まで18年間もつくられたロングセラーモデルですからね。単一モデルとしては、ゲレンデヴァーゲンに継ぐ長寿命です。オープン2座のR107、つまりSLと、クーペルーフのC107、SLCという二つのスタイルがあったのも特徴ですね。タテ目の二代目も人気があったけれど、前回も話した70年代初めのアメリカの排ガス規制強化と、安全基準の引き上げがあったことで、大幅な手直しに迫られました。そこでW107が登場するんです。二代目W113はすべて直6エンジンを搭載していて、最終モデルは2.8Lの280SLでしたが、排ガス規制によるパワーダウンを補うためには、より排気量の大きいV8エンジンを積む必要があった。しかしW113のモノコックにV8を積んで、さらに新しい安全基準に対応させるためには、大幅な設計変更が必要だったんですね。それならいっそ新しいの作っちゃおうよと。それがこのW107です。だからこのクルマは完全にアメリカ市場向け。全体の約6割がアメリカに輸出されたということです。
170 W107は全部V8だったの?
AKU いえ、直6もありました。一番最初はV8の350が出て、すぐに直6の280とV8の450が追加され、’70年代は基本的にこの3種類です。その後SLCのみ5.0Lが追加された後、ほかのV8も順次拡大されて’81-85は直6/280、V8/380、V8/500。’86-89は直6/300、V8/420、V8/500で、アメリカ、オーストラリア、日本のみV8の560SLが発売されました。アメリカや日本ではV8ばかりだけど、ヨーロッパに行くと逆に直6しか見ないですよ。
170 本国には560SLって無かったんだ?
AKU そうなんです。欧州最大モデルは500でした。アメリカや日本では排ガス規制が厳しくなっていたのと、恐らく並行輸入車対策もあって、560SLを用意したんだと思います。といってもシリンダーやピストンは500と共通で、クランクシャフトを変えてストロークアップしていただけなので、レブリミットは500より低かったし、圧縮比を下げられていたこともあって、それほどパワーは出ていません。500SLはモデルイヤー1981から登場していますが、実はこの年のエンジンが一番パワーが出ていて、それ以降は排ガス浄化対策が進むとともに、徐々におとなしくなっていく感じですね。今回の500SLはモデルイヤー1989の最終型です。500SLはほとんどが純正で触媒を持たないんですが、この個体には純正触媒も付いているし、560SLと同じエミッションコントロール機能が付いています。モデル末期ならではの、非常にレアなクルマですね。
170 なるほどねぇ。話を戻すけど、SLってもっと特別かと思ってたんだ。確かにメルセデスのコンバーチブルなんてのは、そもそもからして贅沢な存在だけど、プラットホームがセダンと同じというのはねぇ、ちょっとねぇ……
AKU しかしW107は重要なブレイクスルーポイントと言える、画期的なトピックスが多いクルマなんですよ。ボディ設計にコンピュータを使ったのはこれが初めてで、トレッドとホイールベースの関係などはすべてコンピュータが弾き出した数字なんです。特に安全性に関してはアクティブセーフティもパッシブセーフティも考え抜かれていて、たとえば衝突時の衝撃吸収のためにステアリングをつぶすとか、内装をぶつかっても安全な発泡成型樹脂を主体でつくるとか、テールレンズに凹凸を設けて泥がついても視認性が落ちないとか、’70年代以降のメルセデスでスタンダードとなった安全対策の多くは、W107から始まってるんです。それからオープンボディに必要不可欠なボディ強度も、当時としては最高レベルと言えるでしょうね。ライバルメーカーと言われるBMWがこのレベルに達したのは、2000年代になってからじゃないでしょうか。最大の特徴はボディデザインですね。タテ目からヨコ目への転換点が、このクルマでした。
170 オレは未来的だと思ったね。この時代におけるスペーシーというか。
AKU 僕はこのクルマが登場した時を知らないので、当時の感覚ってよくわかないんですけれども、フロントマスクがここまで逆スラントになってるってのは、メルセデスとしてはかなり斬新ですよね。アメリカ市場向けってことでマスタングの影響とかもあるんでしょうけれど、衝撃的だったでしょう。メルセデスがこう来るか! みないな。いっこ前のSL、R129が登場した時のことはよく覚えてますけど、衝撃的だったんですよね。メルセデスでスラントノーズ?!っていう。だから107もきっとそうだったんじゃないかな、と。想像ですけど。
170 お、褒め倒すね。
AKU 自分でも500SLに乗ってますからね。
170 とまぁ、アクちゃんを逆なでするような発言をしておりますが、実はね、いいなあと思っちゃったの。アリだなあと、今日的に。
AKU 170と107でゴロもいいし。
170 それは無い。まったく無い。
AKU でも実際、走りを撮影してる時に思ったんですけど、トナオさんよく似合ってましたよ、気持ち悪いくらいに。
170 そぉ、やっぱり!?