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梔子(くちなし)


私は、母が香水の調香を趣味としていた関係で、香水のかほりには平均的男性よりは随分と敏感かも知れません。
もっとも女性の前でそのことを口にしたことはなく、そんなにこだわりを持っているわけでもありませんが、ふとしたとき懐かしい香りに出会うと昔の思い出が一気に蘇るときがあります。

今住んでいるマンションには芸能人と呼ばれる人たちが何人か住んでいて、ときどきエレベーターで一緒になるときがあります。
よくバラエティ番組の司会などしているその女性とは今日はじめて同じエレベーターになったのですが、そのひとが乗ってきた瞬間その狭い空間は梔子の花の香りに包まれました。

シャネルのガーデニアという香水です。
CHANELの香りでは、3番目にできた正統クラシックな香水で、あのNo.5を手がけた天才調香師の作品です。
俗に言う「レアもの」らしく、何年かに1度しか生産されません。
実際の梔子の花の香りとは少し違いますが、それを自然とイメージさせるところが天才たる所以なのでしょう。

梔子は、うちの実家の庭につつじに隠れるようにして、ひっそりと咲いていました。
今は亡き祖母が大事にしていたのですが、10代のころ初めて誘う相手の女性のために切り取って渡してくれました。
彼女には気恥ずかしくて渡せませんでしたが、アメリカでは初めて女性をダンスパーティーに誘う時、相手に贈る花として知られています。
私は後になってそのことを知ったのですが、ハイカラな祖母でした。

正岡子規が、

薄月夜 花くちなしの 匂いけり

と詠んだように、梅雨の雨に濡れてちょうどいい香りを放っていたように思いますから、多分そのものは匂いがきついのかも知れません。
それに、美人薄命のたとえに洩れず、この花も咲き出して数日で黄色くひからびてしまう。
花がきれいなのはほんの少しの間です。

その後の彼女との経緯(いきさつ)もあり、諸行無常をこの花に見る思いがして少し切ない想い出が蘇ります。


by OZW



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