久しぶりドライブ
キーレスのボタンを押すと、ハザードが一度点滅。 「久しぶりね」 「今日はスーツなんて着込んでどうしたの?」 「大学のときの先輩からランチ誘われてね。ドレスコードあるみたいだから」 こんな会話を交わしながら彼女に乗り込む。 ファブリックのシートは、レザーのような豪華さはないが、最高の生地で丁寧に仕立てられたスーツのようにしっくりと身体に馴染んで心地よい。 地下駐車場から地上に出ると信号のタイミングが悪く歩道の手前側でしばらく待たされる。 その間、若いカップルが興味ありげに、こちらを見つめていた。 おそらく都内からこのクルマがほとんど消えてしまったあとの世代なのだろう。 何を思って見ていたのかは探りようもないが、今となってはむしろ斬新にさえ思えそうな角ばったデザイン、絶滅してしまった曇りのないメッキモール、自分たちが映る磨き込まれたボディは、少なからず彼らの興味を惹いたようだ。 あるいは、今どきこんな燃費の悪そうな車に乗ってバカじゃないのかと思ったのかもしれない。 指定されたレストランには待ち合わせの15分前に到着。 ギャルソンに案内されて駐車場に車を向けると、すぐ後ろに先輩のレクサスLSが続いた。 先に車を降りて挨拶に向かう。 「ご無沙汰しています」 「おお、久しぶり」 ドアを開けると私の車を指さして 「この車、昔お前が付き合ってた、なんだっけ、眼医者の一人娘・・・」 「慶子」 「そうそう、慶子ちゃん。あの院長先生が乗ってたやつだろ?」 「うん」 本当は排気量も少し違うし、全長はこちらのほうが14cmも短いのだが、面倒なのでそう答えておいた。 自分には、Lexus LSがハイブリッドなのかロングボディなのかなんてのは区別がつかないのだから、それと同じことだ。 食事中は、昔のこと、今のこと、それぞれの家庭のこと、それにご子息の留学のことを相談されたりしてあっという間に時間が過ぎた。 昼食後高速に乗った。 左右のアームレストに肘を載せたまま両手でハンドルを握る。 ギミックめいたデバイスは何も付いていない。 ただそこにあるのは手間暇かけて設えられた高級な調度品。 そこに上質な音楽があれば尚いうことはない。 ドライバーズシートでこれ以上本物の贅沢は、このクルマ以外では得られないだろう。 このクラスの現行車は若くて元気で魅力的かもしれないが、如何せん品がないのだ。 何より価値観が違い過ぎて、一生連れ添う伴侶になり得るとは私には思えない。 ファイナル2.65のこのクルマは、4速100km/hは約2250rpmだ。 そこからゆっくりアクセルを踏み込んでいけばシフトダウンなどしなくても十分な加速を得られる。 第一このクルマに頻繁なシフトダウンは無粋というものだ。 こういう穏やかな日なら200km/h以上の巡航も不可能ではないが、残念ながら横風の強いアウトバーンでそれは難しいだろう。 それでも、多くの評論家がベスト・オブ・ドライバーズSクラスと今でも絶賛するそのクルマこそ W126 500SE だ。 SELではないショートボディ ファブリックシートにサンルーフ無し 実際にハンドルを握れば、この意味がすぐに理解できると思う。 By OZW |