三ツ星倶楽部 其之一 W124 300E 3/4 セダンには道具館が漂う?!
構成/田村十七男・芥川貴之志 撮影/山田裕之
170 ところでさ、これはファンの考え方とは違うかもしれないけれど、W124が新車で発売されていた時期ってのはバブル経済とばっちり重なっていて、正直なところ、ベンツに変なイメージがあるわけ。猫も杓子もベンツだって騒いでいたからさ。
AKU スーツはアルマーニ。セカンドバッグはハンティングワールド。そしてクルマは…、って感じでしたよね。
170 身近な話をすると、この世界に入った最初の会社の上司が80年代の終わりに独立して、オレもそこにお世話になったんだけど、なにしろ独立自体がすでにバブルに背中を押されていた。マンション2部屋も借りちゃったりしてさ。
AKU 携帯電話は?
170 使ってた! 出始めのでっかいヤツ。「俺は今日から持つ」とか宣言して。で、名前さえ忘れるくらいの没個性な国産車からベンツのTEに乗り換えたのよ。
AKU やっぱり宣言して?
170 したかもしれない。いずれにせよ、とにかく似合わないのね。でもさ、あの時代を振り返ると、誰もが似合わないことしてたんだよなあ。
AKU 僕も、当時はメルセデスベンツが嫌いでしたよ。関わりを持つなんて絶対にあり得ないと思ってましたから。間違いなし、って雰囲気がオヤジ臭いし好きになれなかった。ギターにたとえるならトラ目のレス・ポール的な。
170 ギターの話でいいの? レス・ポールさん亡くなっちゃったね。
AKU そうですねぇ。ちなみに僕はギブソンならS-1やL-6Sが好きです。変態なので。ってそういう話じゃなくてですね、バブルの頃の僕はまだ学生で、お金も無かったし古着とかにハマってましたからね。クルマへの興味はアメ車がメインで、メルセデスベンツはイケてないし乗りたくない代表だった。
170 そんなアナタがなぜに?
AKU 1996年あたりになって、20代の若造が乗るなら何がいいかなと物色したとき、まぁ外車をイメージするわけですよ。その時一番欲しかったのは’64-66の最初のマスタングだったんだけど、その辺のは壊れるし仕事には使えないと思って、何が信頼できるかと考えたらメルセデスベンツがあった。
170 人は変わるんだ。
AKU ある時、環七で赤いフルノーマルのR107と信号で並んだんですよ。あれ、これ今見るとイケてるなと。ノーズの感じなんかは初代マスタングに似てるし、アメ車じゃ直球すぎる気もするからベンツも面白いかなと思って、それでR107のSLを買ったんですね。多少無理して。そこが運命の分かれ道。すっかりハマっちゃった。以来、いろんなメルセデスベンツを乗るようになったんです。
170 W124は?
AKU もちろん乗りましたよ。その時に感じたことは、たぶん多くのW124ファンと同じですね。これは最後のメルセデスベンツだなあと。よくよく見ると、デザインも好きになってくるんですよね。あの直線基調のライン。ブリキ板を曲げたり伸ばしたりして、自分でもつくれそうじゃないですか。
170 いやさすがにつくるのは無理だと思うけど、確かにシンプルだよね。特にセダンは。
AKU 見た目のどっしり感は走りからも感じられて、存在の統一感に圧倒されるんです。あえて言えば、道具感が強い!
170 道具感?
AKU シンプルなルックスで、なおかつよく走る。ボッシュの機械式フューエルインジェクションもいい仕事するんですよ。あれは燃料ポンプの圧力でガスを吹くんですけれど、点火さえしていればエンジンは止まらない。ECUも働いているけど、そこがブレインじゃないんです。あくまでサポート。現在のECUはクルマの社長みたいな感じでしょ?でも当時はマネージャーどまり。その謙虚さがいい。
170 要は機械っぽいってことでしょ? それは共感できる。300Eのエンジンルームを見たら驚いたからね。かなりスカスカで、直列6気筒エンジンが丸見え。シリンダーブロックの武骨さに男心をくすぐられた。
AKU アナログの完成系なんですよね。
170 そうそう、デジタルじゃないんだよね。デジカメじゃなくニコンF3のモードラ付き!
AKU そういう高精度の機械が持つ、いかにもプロダクトらしい魅力に満ちている。で、後継のW210が若返り路線も含めて様変わりが激しかったから、余計にW124の特徴が浮き彫りになったんでしょうね。
170 バブル社長の話に戻るけれど、ブームもあってTEが流行って、だけどセダンを街で見かけると、通だなあって思ってた。
AKU 今さら日和るんですか?
170 そうじゃないのよ。個人的にTEにはバブルの記憶がからむけれどセダンにそれがないのは、アクちゃんが言うように道具感が漂っていたからかもしれないね。
AKU 生真面目なんですよ。W124のセダンは。